■この人…

…「歴史、故郷を愛して…」…

豊川蛯子画伯(東恋ヶ窪)

写真−豊川蛯子画伯  文京区にある禅臨済宗・養源寺本堂中央内陣の天井絵をご存知だろうか? 釈迦伝を描いた「釋尊畫傳」、登龍を描いた「雲龍圖」など全部で30畳以上もある力作である。後生に残るこの画の作者こそ、この豊川蛯子画伯なのだ。「ご依頼を受けたのが13年前。昨年の11月にようやく完成しました。『釋尊畫傳』は40年以上も前から描きたかったものだけに、喜びもひとしおです」 “無憂樹(むゆうじゅ)”の樹を見るために40年近くも手をつくしたり、釈迦が出家まで過ごした迦毘羅(カピラ)城から、どちらの方向にヒマラヤ山が見えるかを調べたり……。一つのものを描こうとするときの、画伯のエネルギーの大きさは大変なものだ。 上京してしばらく住んでいた亀戸から、国分寺へ移られたのが昭和28年のこと。「友人が『画家は国分寺のようなところに住まなければいかんよ』と言ってくれたのがきっかけでした。その頃の国分寺は、まるで京都の嵯峨野を思わせるような雰囲気で、とても良かった。玉川上水から分水した小川が、本多の八幡様の横を流れていたり……。今も野川近辺の、自然が豊かに残っているあたりはいいですね。私の好きな場所です」 写真−画廊にて 地域の昔話を集めた『国分寺昔むかし』の発行には、画だけではなく、執筆にも協力。自ら足で調べた言い伝えをもとに、十話の画面を描き上げられた。「たとえば史跡をはじめ、街路樹一つとっても、外国産の樹木を安易に植えるのではなく、国分寺という街に合ったものを選ぶ必要があると思うのです。地域の良さは意識的に守ってゆかないと、残らないものなのでは?」 歴史を、故郷を愛する画伯の言葉に耳を傾けたい。 

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