■インタビュー

…庄司紗矢香さんパガニーニ音楽祭優勝おめでとう…
※この記事は1997年1月に発行された本誌「みにこみ国分寺」の当時のインタビュー記事です。
【プロフィール】 1983年国分寺生まれ。1993年草津国際音楽祭に参加、1994年、毎日新聞者主催第48回全日本学生音楽コンクール全国大会一位。合わせて兎束賞、東儀賞、毎日小学生新聞賞。1995年、東京芸術劇場での東京交響楽団春休みコンサートにて演奏。アカデミア・ギジアーナ賞(海外奨学生賞)、ディプロマ・メリタ賞、ディプロマ名誉賞を最年少にて受賞。サン・フェリーチェにてコンサート出演。”SIENA”紙より好評を得る。ウィーンにて行われた第8回国際モーツアルトコンクール優勝、モーツアルト大賞を受賞。1996年初夏に府中の森ウィーンホールで初めて開いたソロリサイタルは800人の開場がほぼ満員だった。`97年は1月4日、カザルスホールでのロストロポーヴィッチ氏公開レッスンに続き、3月4日には池袋芸術劇場にて東京交響楽団との協演が決まっている。国分寺市第一中学校一年在学中。

 96年春、「万葉花まつり」コンサート。バイオリンの調べが終わると、薬師堂の渡り廊下まで溢れた人々から割れんばかりの拍手が鳴り響いた。ソリストの名前は庄司沙矢香さん、まだ13歳の少女である。華奢で小柄な容姿から想像もできない、豊かで熱っぽい演奏が人々の心をすっかり魅了したのだった。 現在、国分寺一中に通う庄司さんは生まれも育ちも生粋の国分寺っ子。4歳の時、お母様に連れて行ってもらった演奏会でバイオリンと出会った。 「初めて聞いたときから音色が好きになりました。バイオリンって人間の声に似ているなって思うんです」 ゆっくり言葉を選んで、ハキハキと答えてくれる。人なつっこい笑顔が何とも愛らしい。 小学校6年の時に全日本音楽コンクール「バイオリン部門」で第1位を、翌年にはウィーンで行われた国際モーツアルトジュニアコンクールで見事第1位を獲得した。すでに日本を越え、世界の批評家さえも唸らせる腕前なのだ。 「練習は辛くないです。それより自分のイメージ通りに弾けないときが一番辛い」 毎日必ず5〜6時間の練習。1〜2週に一度のレッスンの他に、昨年から夏休みを利用して、海外の音楽家にも師事するようになった。 「一つのことを続けて励みになれば…くらいにと思っていたのですが、ここまで好きになるとは思っていなくて。親のほうは少し戸惑っているのです」とお母様。 将来の夢は?と尋ねると、 「日本にはまだ知られていない素晴しい作曲かが大勢います。そんな日本の曲を世界の人に紹介していければと思います」 その答えに思わずハッとさせられる。すでに世界を舞台に活動を始めている彼女は、私たちが日々暮らしのなかで忘れがちな『日本人であること』を、若くして意識しているのではないだろうか。 「国際コンクールで出会った東欧の人達は高い音がとても優しくて、歌心があるなぁーと思いました。それぞれ国の文化や生活が出ているんだんぁって。私も歌うように弾きたいと思っています」 この街が大好き、という彼女。『少年少女ふるさと作文コンクール』で優良賞となった作文で、国分寺についてもこんなことを書いている。 「薬師堂など国分寺市民でも知らないものがまだあると思います。そのすばらしさを国分寺市民だけでなく、できるだけ多くの人々に知ってもらい、そしてこれらの大切な文化財を保護し続けることが国分寺のこれからの課題だと思います。」

庄司紗矢香さんパガニーニ音楽祭優勝おめでとうございました。


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