■インタビュー
…タンゴ歌手 阿保 郁夫(あぼ いくお)…

【プロフィール】 阿保郁夫(あぼいくお) タンゴ歌手。1937年、青森県弘前市生まれ。国分寺市在住。'61年、タンゴ歌手デビュー。'64年、早川真平とオルケスタ・ティピカ東京〈中南米7ケ国公演〉に参加したのを最初に、海外のコンサートやテレビ出演が相次ぐ。'67〜'68年には、スペイン、プエルトリコ、アメリカ、ベネズエラのレコード会社で録音。国内では『タンゴの魂』『愛のタンゴ』『チェ・バンドネオン』『明日は船出』等のLPやCDを発売。2002年の現在に至るまで、のべ7年のアルゼンチン生活をしながら、コンサート出演の他、海外のタンゴ歌手のレコーディング、読売日本テレビ文化センター講師など、さまざまな活動を行ってきた。

心を歌う、人生を歌う
 少し哀愁のあるタンゴの調べにのって、流暢で張りのあるスペイン語が響く。歌っているのは阿保郁夫さん、64歳。この『風のタンゴ』では初めて作詞も手がけられた。昨年秋にNHKで放映されていた、金曜時代劇『山田風太郎のからくり事件帖』の主題歌といえば、お馴染みの人も多いだろう。 阿保さんとタンゴの出会いは43年前。「21歳のとき、突然、顔面マヒを発症したんです。顔の右半分がマヒし、パ行やマ行が発声できない。日ごとに歪んでいく自分の顔を見ながら、死を考えたこともありました」。
 そんなとき、アルゼンチンからきた音楽家リカルド・フランシア氏に出会った。歌がリハビリになることは聞いていた。それに、知らない外国語に挑戦すれば、唇がまた動くようになるのではないか。迷わず門戸を叩いたが、タンゴはもとより、歌を習ったこともなかった。ところが治りたい一心で練習を続け、わずか2年でタンゴ歌手としてデビューすることになる。努力はもちろんだが、天性の才能があったからに違いない。「顔面マヒがなければ、タンゴに出会っていなかったし、タンゴ歌手になることもなかったと思います。人生は不思議なものです」。
 タンゴの何が、阿保さんを惹き付けたのだろうか?「まずはあのリズムですね。タンゴのチャッチャッ、チャッチャッというリズムは、人間の鼓動に近いのです。あれを聞いていると、励まされているように感じるんです」。タンゴは話している言葉と、極力同じイントネーションで歌詞を曲にのせる。だから言葉を殺さない……と阿保さんはいう。そしてまた、最近の日本の歌には、言葉が大切にされていないものが多いと嘆かれる。
 「タンゴの詞は、年齢を重ねるごとに、より深く語りかけてくるんですね。聞く人の状態によって、さまざまな解釈ができるのもタンゴの大きな魅力です」 昨年夏、『風のタンゴ』の収録直後に、脳血栓を患われた。新たな病と闘う日々が始まったにも関わらず、阿保さんは、「顔面マヒのときのリハビリに比べたら、まだまだ大したことはありません」と微笑まれる。タンゴのリズムは、きっと人の心を強く柔軟にしてくれるのだ。

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