■国分寺今・昔

…昭和40年頃の22番街商店会…
昭和56年頃の西通り商店会
昭和56年頃の西通り商店会
 現在の西通り商店会を西方向に望む
現在の西通り商店会を西方向に望む

 西通り商店会は国分寺で最も良く知られている商店会で、商店会を通る人の数では多摩地区で5位以内に入っていると思います。当然国分寺市内では断トツの1位です。なぜならば国分寺駅北口は西通り商店会の中にあるからです。
西通り商店会は国分寺北口駅前通りの柳屋さんを左折してY字形に拡がる商店会で、右の路は西武のバス停まで、左の路は西武線の駅の下までです。この路が出来たのは明治時代で、大正11年の町並み図では旅館料理・柳屋、荒物雑貨商・宍戸、米穀商・越中屋 、鳥商・坂本、飲食業・富喜屋の5店が記されています。昭和33年には柳屋、中島医院(薬局)、大洋百貨店、向い側に松月堂、太陽土地、森久保、むさし模型、分かれ道から右に白山房、名糖牛乳、茶金、八百屋前田、永井菓子店、向かい側に下条歯科などがありました。上の写真は昭和56年に商工会青年部水曜会が撮影したもので、白山房と神山さん(茶金)宅のヒマラヤスギがまだ残っています。


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